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初めまして、村田です。

このブログを運営しているものです。

誰?となると思うので自己紹介させていただきます。

 

僕はは、今まで10年間、うつ病、睡眠障害と戦って生きていました。

 

会社への労働環境への不満。人間関係の不満。

何をやってもうまくいかずバカにされるだけ毎日。

おまけに安月給でこのまま働き続けてこれからやっていけるのだろうか。

そんな不安が溜まりに溜まって、
ついには爆発してしまいました。

 

生きている意味が分からなくなっていつしか消えたい。
死にたいと思うようになっていました。

 

当然、自殺も考えたこともあります。

というより、自殺未遂してます。

 

途中で怖くなってやめてしまったんですけどね・・・

今回はそんあ自殺を試みた僕の過去について話していこうかなと思います。

 

 

ーーーーーーーーーー暗闇物語ーーーーーーーーーーー

僕は、小学校、中学校、高校、社会人とダメダメな人間でした。
何をしても失敗するし、ミスをする。

他の人が平気でできることが私にはできませんでした。

頑張ってようやく、周りと並べる・・・・
そんな人間でした。

 

だからいつも劣等感を抱いて生きていましたし、

そんな自分が嫌いでした。

 

弱い自分が許せなくて自分のことがめちゃくちゃ嫌いだったんですよ。

 

小学生 ~できないことをバカにされる毎日~

僕は小学生のころから何をしてもうまくいかない人間でした。

頭の回転や記憶力、考える力が他の人と比べてかなり劣っていました。

何か新しいことを覚えるにしてもいつもクラスで最後のほうでし

九九の掛け算を覚えるときも僕が覚えるのが最後でした。

 

僕だけで夏休みに九九の補修を受けに行ったほど僕は物覚えが悪かったんですよ。

 

何度、同じ問題を出されても解くことができず、答えることができなかったです。

おまけに物覚えが悪いだけでなく。

不器用でもあったんですよ。

 

何かするにしても必ず失敗はしていました。

鉄棒の逆上がりにしろ。跳び箱にしろ、図工の工作にしろ。発表会にしろ。

 

上手くいったことが1回もなかったんですよ。
ずーーーっと失敗ばかりして赤っ恥をかいてきました。

 

だからなのか、
クラスメイトや親もあきれ果てて僕をバカにするようになったんですよね。

 

まぁ、当然ですよね。

何をやってもうまくいかないですから。

 

見ていてムカつくんですよね。

 

クラスメイトからは「アイツはあほだ」「なんでさっき同じ問題ができないの?」とバカにされましたし、

次第に「気持ち悪い」「死ね」「「バカがうつる」とか仲間はずれにされ、

いじめられてきました。

 

親からも、

「どうしてこんな問題もできないの?」

「小学校2年生からやり直す?」

「アンタはバカなんだから周りが2倍がんばっているのなら、あんたは4倍8倍頑張らないといけない。「出来そこない」なんだから。」
と言われ続けてきました。

 

毎日毎日毎日。言ってくるわけです。

「あいつはバカだ」

「お前は何をやってもできないんだ」

「もうお前いいや。邪魔だ。」と。

 

みんなからバカにされ、親からも「できそこない」と言われ続けたぼくば

「そうか、僕はできそこないなんだ・・・だから何をやってもうまくいかないのか・・・」
と自分を諦め始めるんですよ。

今までは、ダメな自分でも頑張ってみんなに追いつこうとしていたのが、

もう無理だ。自分はどれだけ頑張っても民に追いつけない。。。

 

だからもう無駄なんだ。

そう思うようになります。

 

叩けば反発して成長させるというのが親の教育方針だったらしいのですが。

僕はその途中で折れてしまったんですよね。

 

どれだけ頑張ってもうまくいかず。

言われる言葉は「頑張って」ではなく。「なんでできないんだ」や「できそこない」
なんですから

 

やる気がそがれまくったんですよ。

 

じゃぁ、どうすればいいんだよ。

俺、頑張っているぞ!努力しているぞ!

何で誰も認めてくれないんだ。

 

 

だけど親はそんなこと知らずに僕の精神を叩き続けたんですよ。。

辛かったっすねーあの時は。

 

 

何よりもつらかったのは、

常に親から「誰か」と比べられていたんですよ。

それはクラスメイトだったり、友達だったり、
一番比べられることが多かったのは兄でしたかね。

 

僕には2人の兄がいるのですがいつもこの兄2人と比べられていたんですね。

「お兄ちゃんがお前と同じくらいの時は、もっと点数がとれていた」

「「どうしてお兄ちゃんにできて、お前にできないのか」

と言われ続けてきました。

 

「知らねーよ!そんなの!勝手に比べるんじゃねぇババァ」

と何度思ったことか。

 

悔しくて、悲しくて何度泣きました。

 

常に誰かと比べられて、自分は誰よりも劣っているんだ。
そう理解させられます。

 

自分は誰よりも劣っているって思うと自信がどんどんなくなっていくんですよね。

だって。誰よりも劣っているんですから、

 

自分の考え。自分の発言が間違っている。。

自分の意見よりも相手の意見の方が正しい。そういう風に思ってしまうんですよ

 

僕は間違いだらけ。

そんな人間が自分に自信を持つのは無理な話で。

 

当然僕はシダに自信を失っていきます。

授業中、どんな簡単な問題が来て、解けたとしても自分に自信がないから手を挙げて答える。
なんてことできなかった。

 

間違えるのが怖かったんですよ。

間違えたらまた、

「「またあいつミスした」「アイツはバカだ」とバカにされますから。

 

だからどんなに簡単な問題が来ても答えることはありませんでした。

 

 

そんな生活が6年間続きました。

僕は6年間常に誰かと比べられ自分はいかに「できそこない」なのかを教え込まれました。

 

本当につらかったです。

 

この時から自分の考えは全部間違っているんだ。

そういう風に思ってしまっていました。

 

だから、

黙っておこう。

静かにしていよう。

何も言わないでいよう。

と。どんどん内にこもっていきました。

 

ちなみ僕は親から褒められたことが1度もありません。
僕が覚えていないだけかもしれないですが。

 

怒られた記憶しかないんですよね。

 

常に怒られたり、誰かと比べられ叱られたり。

 

この時から自分はダメ人間なんだ。と思わされていました。

 

 

中学生 ~地味な僕はいじめの対象に・・・~

 

それでは、今度は中学生の話をしましょう。

6年かけて、ダメ人間ということを自覚させられた僕はどんどん暗くなっていきました。

 

自信がなさそうにいつも俯いて
話すとき声がもどんどん小さくなっていきました。

 

人と話すときもおどおどして、
眼を合わせて話すことができませんでした。

 

 

中学生活、そんな私を待っていたのはイジメでした、

 

暗くて地味で、おどおどしていて挙動不審。
しゃべる時も自信なさげにボソボソとしゃべる。

 

僕はいじめっ子の的でしかありませんでした。

 

中学入学早々、僕はいじめっ子達に目を付けら、

いじめられます。

イジメに内容としましては、

・授業中消しゴムのカスを投げられる。

・ノート・教科書を隠される。

・ノート・教科書に落書きされる。

・授業中、先生が黒板に書いている時に叩かれる。ちょっかいかけられる。

・机に落書きされる。油性で書かれたことも。

・スリッパを隠される。⇒中学の時は下ばきではなくスリッパでした。

・スリッパを破壊される。

・プリントをぐしゃぐしゃの状態で渡される

・シャーペン盗まれる。

・休み時間にサンドバック。

・給食中、いじめっ子の嫌いな食べ物を私のお皿に投げ込まれる。

・スリッパを女子便所に入れられる。

などなど、いろんなことをやられました。

 

今思うと、ぶっ殺したくなりますね。(笑)

 

しかし、当時の僕はそんなことを思えなかったんですね。

 

当時は気弱で、弱虫でしたし。

どうにかして、いじめられないように、
これ以上いじめがエスカレートしないように我慢することしかできませんでした。

 

「我慢さえしていればいつか終わる・・・」

と思っていたんですよ。

 

ですが、まったくいじめが病むことはありませんでした。

 

そんないじめが半年間が経とうとしたとき、
僕の心はすでにボロボロでした。

 

寝るときにいじめられていることを思い出し、眠れなかったですし、
寝るときにいじめっ子の顔が浮かんで悲しくなって何度も枕を涙で濡らしました。

 

それに何もできない自分が悔しくて仕方がなかったんですよ。

 

助けて・・・もう疲れたよ・・・

もう限界でした。

 

僕は、わらにもすがる思いで親に相談したんですね。
常に僕と誰かと比べていた親。

 

正直、相談するのは嫌でした。

 

また、誰かと比べられて何も解決してくれないと思ったんです。

「お兄ちゃんは~」とか。

それでも相談して助けを求めないと僕がやばいことになる。
死ぬ。と思ったんですね。

 

だから勇気を振り絞って、いじめられていることを言ったんですよ。

そしたら、意味不明な回答が返ってきたんですよ。

 

「やめてって言えばいいじゃない」

意味不明ですよね。(笑)

私も
は?ってなりましたもん。

「やめてっていえばやめてくれるよ」

「やめてって言わないからいじめられるんだよ」

と言われました。

・・・・・・

言葉を失いましたね。

 

 

 

ここまで・・・・

ここまで、親がバカだとは思ってもいませんでした。

 

やめてと言えばいじめをやめてくれる?

 

そんなことはずっと前から言ってる。
こんな僕でも「イヤ」とくらい言える。「やめろ」くらい言える。

 

 

そもそも、「イヤ」「やめて」といって、
やめてくれるのなら半年もいじめられるわけがない。

 

ここまで親の頭がお花畑だった何て・・・
あきれてものも言えなくなりました。

 

たぶん、親は、子供のすることだから、舐めていたんですね。

 

子供だからみんな素直なんだと思っていたんでしょう。

 

僕はいままで、親はなんでもできる人。
すごい人だと思っていたんですよ。

 

だから、親の言うことはゼッタイ。
親の言うことは正しいと思っていました。

 

だから、親が私のことを「できない子」と言っても、

私は、親が言うんだからと受け入れたんですね。

 

なにせ僕よりもすごい。

そう思っていたから。

 

だけど。今回の1件で親=絶対正義

といった価値観が崩れ去りました。

 

もう・・・ね。

アホだろとしか思いませんでしたね。

 

 

「やめて」といって、やめるいじめっ子は皆無でしょう。

 

「やだ~!」とか言ってふざけて答えるだけ。

イジメは続行。

むしろいじめがエスカレートする。

 

 

逆に何もしないと、何もしないことをいいことに余計に調子に乗って、いじめがエスカレートしていきます。

 

子供だから。
楽しいことはどんどんやります。

 

それが、例えいじめでも。

 

自分が楽しければそれでいい。

それがいじめっ子の心理だと僕は思っています。

 

遊んでいただけ。じゃれていただけ。いじめっ子がよく使う言い訳です。
そして、いじめがどんどんエスカレートしていく。

 

正直いじめは殺人だと思っています。

 

 

親に相談しても特に何の解決することもなく
学校でいじめられ続けました。

 

そしてそれからいじめから1か月くらいしてから、

救いの手が差し伸べられます。

 

3者面談です。

3者面談をするというプリントを貰ったんですね。

このとき、ひらめくんですよ。

 

「そうだ。先生だ。担任の先生なら何とかしてくれる」

そう思ったんですね。

ですけど、
いじめっ子達にチクるなよとも言われていて怖かったのもあります。

 

だけど、それ以上にどうにかしてほしかったんです。

毎日がいじめのストレスでどうにかなりそうだったんですよ。

 

反抗もするのですが、

反抗すると向こうも八つ当たりしてくるんですよ。

 

私がやった反抗の倍返しどころか10倍返しくらいで嫌がらせされる

 

例えば、

私も我慢の限界だった時に「そんなことやってるんだから、友達いないでしょー」

とバカにしたんですね。

 

そしたら、筆箱を窓の外に捨てられるですよ。

しかも学校の2階から。

 

おまけにその日、雨で外べちょべちょなんですよ。

 

まじかよ、こいつ。頭おかしいだろ。と思いましたね。

キチガイ過ぎるだろw。

 

結構な子がその光景を見ていたのですが全員知らんぷり。

私関係ないよー。状態。

 

で、
しかたなく、筆箱を探しに1階まで行くんですね。

 

筆箱は、2階から落ちた衝撃で中の消しゴムやらシャーペンやら定規は飛び散って、

雨に打たれてびしょびしょ。

 

雨にうたれながら飛び散った文房具を回収して、
教室に戻ったら、今度は僕の教科書、ノートがゴミ箱にボッシュ―トされてるんですよ。

 

やりすぎだろ・・・お前ら・・・

もう・・・ね。

こいつにさからうのやめよ。と思うわけですよ。

 

やり返したら10倍、100倍になって返ってくるんですよ。

反抗したら反抗しただけそんなんですよね。

 

だから諦めていました。

 

ですけど、

先生がいれば何とかなると思ったんですよ。

これでもう大丈夫。助かるんだと。

 

ちなもに。先生にいじめられていることを言わなかったということはないです。

何度も先生に助けを求めようとしまいした。

 

ですけがそのたびにイジメっ子たちが邪魔をしてきたんですよ。

 

 

僕「先生ー助けt」

いじめっこ「先生ー村田くんがいじめてくるー」

 

という感じでかぶせられたり、

 

遠征のところに行こうとすると行かせないように邪魔してきたり。

どれだけ助けを求めたとしても邪魔されちゃうんですね。

 

ですけど、3者面談なら邪魔される心配がない。

はやく助けてほしい。

それだけを頼りに3者面談に挑みます。

 

そして、3者面談当日。
担任の先生に僕がいじめられていること。

僕がされてきたいじめの数々を話していきました。

 

途中、あまりにも悲しくなって泣きながら、
つまりながらも必死に先生に今までの苦しみをすべてを話しました。

 

そしたら、先生も分かってくれたみたいで

「そうか・・よし、そいつらを見張っとくで安心しろ」
と言ってくれました。

 

めちゃく

ちゃうれしかったです。

ようやく理解してくれる人。
僕の苦しみを分かってくれる人がいて救われた気持ちになりました。

これでようっやく。あの地獄から解放される。

もうつらい思いしなくてもいい。
もう、ノート・教科書を隠されなくて済む。

 

授業を普通に受けられる。

叩かれない。

給食の野菜が投げ入れられない。

そう

思っただけで未来が明るかった。

その日は家でぐっすり眠れました。

今まではいじめのことを思い出して全然眠れなくって。
つらかったんですよ。

 

身体がめちゃめちゃ疲れているのに休めない。

 

拷問でしかなかったです。

 

そのせいで一日中体が重かったですし、頭もボーっとして。

その状態でイジメられて。

 

 

そんな日が繰り返されて。

 

拷問でしかなかった。

勝手に涙が出てくることもありましたし。

 

このときすでに精神がおかしくなっていたんですね。

 

だからこそ、ぐっすり眠れた時はめちゃめちゃ嬉しかったですね

寝るってこんなに気持ちのいいものなんだって。

 

この時初めて睡眠って大事だなって思いましたね。

 

しかし、喜んでいたのもつかの間

三者面談した次の日すぐにイジメは発生します。

僕をサンドバックにしようとしてくるんですよね。

 

まぁ、この時は堂々としていましたね。

なにせ、先生がバックにいるんだから。

 

 

ふっふっふ。

テメーらもこれでおしまいだ!

 

先生!よろしくお願いします!

 

って感じで超強気だったんですよ。

 

よっしゃ来たぜー!みたいな。

 

そしていじめが開始される。

 

これでお前らの人生おしまいだー!

って思っていたのもつかの間。

イジメられているのに一向に助けが来ない。

 

あれ?

なんで?

もうパニックです。

 

あれだけ話して、助けを求めたのにも関わらず

先生は一向に助けてはくれませんでした。

 

注意するはおろか何もしてくれませんでした。

イジメている奴らを呼び出して注意するわけでもなく。

野放しにしていたんですね。

 

ちょちょちょーい!

話違うやんけ。

 

僕の頭の中は、絶望でいっぱいでした。

このときはさすがに親も先生も見限りましたね。

 

その時までは先生や親のいうことは絶対。

と思っていたのですが、

こういったことを経験して、

 

親も先生も対したことないな・・・

相違ふうに思ってしまったんですよ。

 

いままで先生の言うことや親のいうことを聞いていたのは自分よりも正しいと思っていたからなんですよ。

 

 

自分よりも優れている。

 

だからこそ戦士絵や親を信じて、いうことを着てきたのですが、

もうなんというか。呆れ果ててしまったんですよね。

 

あぁ~。こいつらもしかして、大したことない?
もしかして俺の方が上なんじゃないか。

 

 

俺が間違っていたんじゃなくってコイツラが間違っていたんじゃないかって思うようになります。

 

だからこそ、

コイツラのいうことなんて聞いていたら、

アイツらみたいになってしまう。

 

そんなのは嫌だ!

 

誰も助けてくれない。自分しか頼ることができない。

だけど自分には能力が無い・・・

 

だからこそ。

能力を付けて、一人で書いける出来る力を身に付けないと!

もう、誰にも頼らないと心に誓うようになります。

 

この時ですね、自立を決意したのは。

 

それで、

いじめっ子から逃げながらも中学生活を無事卒業します。

 

良く無事に乗り切ったと思いますね(笑)

しかも僕は1日も休まずに皆勤賞だったんですよね。

 

いや~。すごいですね(小並感)

まったく自慢にならないですけど。

 

いっそ、バカだったんじゃないかって思ってしまいます。

 

わざわざ、身体的、精神的にボロボロにされに学校に行っていたようなものですから。

とんだ、ドMです。

 

逃げればよかったと今スゴイ後悔しています。

 

当時の僕は、逃げること=悪。

と思っていたんで逃げなかったんですよね。

 

カッコ悪い。

だからずっと立ち向かい続けた。

 

負けると分かっていて。

 

 

皆勤賞だと高校進学に有利とか言っていますがあまり関係ないですよ。
それよりもテストの点数がとれる方がよっぽど有利です。

体を傷つけながら学校に通い続ける・・・・

 

そんな自己犠牲精神をもっていた僕はすでにうつ病、睡眠障害になる素質をもってていたんですかね。(笑)

 

高校生 ~希望の始まり絶望の始まり~

そして高校生活です。

 

高校生は中学とは比べ物にならないくらいに天国でしたね。

イジメてくる奴が誰もいない。

 

授業が普通に受けられる。それだけでもかなり感動しました。
まじかよ、殴ってくる奴がいない。
消しゴムが飛んでこない。

パラダイスでした。

 

そして、ここならば僕も変われるんじゃないかと思うようになるんですね。

邪魔者いないですし、自分を自由に高めることができる。

中学の時は、いじめが原因でろくに授業が受けれなかったんですよね。

 

だからテストの点数もひどかった。

 

5だいたい0点くらいでしたね。いつも。

 

だけど、ここには邪魔者がいない。

中学でできなかった分の勉強を取り戻そう。
よし、勉強だ!!と張り切りました。

 

めちゃくちゃ頑張りましたよ。
毎日2時間とか普通に勉強していました。

 

勉強していた理由が2つあって1つは自分を変えるため。

 

もう一つが、高校の授業についていく為。

中学の範囲も半分くらいしか理解していなかったので高校の授業についていくのは一苦労だったんですよ。

高校に進学できたのもぶっちゃけ奇跡です。

 

だからついていくのに精いっぱいだったんですよ。

ただ勉強していると、勉強亜楽しくなるんですよね。

分からない問題を解いたときのあの快感は1度味わったら病み付きになります。

 

 

そして、問題を解くのが楽しくなるんですね。

楽しくなって問題解いて、また楽しくなる。

そんな感じで勉強しまくったら、
期末テストや中間テストで80点とかとるようになるんですよね。

 

俺が80?・・・( ゚Д゚)

目を疑いましたね。

 

中学の時の最高の点数が72点だったんですよ。
しかもそれ以降は採れても60とか50でした・・・

80なんて夢のまた夢と思っていました。
自分には無理な点数だと思っていたんですよ。

それが達成出来ちゃった。

自分でも80が採れる!
俺はダメ人間じゃなかったんだ。

頑張れば俺でもできるんだ。
そのことがうれしくてうれしくて仕方がなかったです。

自分の存在が認められたような気がしてスゴイ嬉しかったのを覚えています。

 

そうなってくると、どんどんどんどん勉強したくなります。

 

テスト前とかはいつも家で勉強していました。
休日も部屋に閉じこもってずっと勉強。4時間とか5時間とか普通に勉強していました。

 

それでも不思議と苦にはならなかったです。
それよりも自分にもできるんだ。

ダメ人間じゃない。
出来そこないじゃない。

それが分かってうれしかったんですよ。

 

そうやって勉強していくと、90点とかも採れるようになってくるんですね。

それでまた、快感を覚えるんですよ。

 

うぉおおおおおおおお!

やったぜーーーー!

 

 

それでまた、勉強するようになるというループに入ります。

 

 

そうやって、
テストでいい点を取っていると、まわりの反応が変わってくるんですね。

 

まず、先生の僕に対する態度が優しくなる。
私の味方をしてくれるようになりました。

 

 

次にクラスメイト。

なぜか天才と思われるようになります。(笑)

 

 

勉強を教えて欲しいと言われた時はマジでビビりましたね。

「えっまじ?Σ(゚Д゚)」

「私でイインデスカ?」

と思わず聞き返したほどです。

 

なんか知らないけどめっちゃ尊敬される。

 

僕をいじめて酔うとするやつは誰もいなかったですね。

 

僕ちょっかいを出すような奴がいたら勝手に先生が守ってくれましたしw

安心して高校生活を送れていました。

 

 

僕は変わったんだ。

あれだけ、何もできずにいじめられていた僕が今では頼られる存在にまで変わることができた。

人は変われるんだと実感した瞬間でもありました。

 

それで、勉強が楽しくなったので大学に行ってもっと勉強しようとも思うようになります。

高校の推薦さえもらえれば大学には簡単に入ることができるので勉強は一生懸命やりました。
しかし、その頑張りを無になる出来事が起きます。

 

それが僕の父が会社をリストラ。

 

家族の為に頑張り続けた父がうつ病になったのと、
不況の波に襲われたのが原因で父は会社をクビになりました。

 

そうなってくるとお金の問題が発生してきます。

そう、僕を大学に通わすだけのお金がないと言われました。

 

だから、両親は進学ではなく就職してくれと言ってきます。
就職して家に岡江を入れてくれ。

 

そう言われます。
めちゃめちゃショックでした。

人生これからってときに。

 

僕の成績がよかったのと、
僕の通っている高校は企業からの求人も来るような学校だったのがあいまって。

あれよあれよという間に僕は進学から就職へと進路を変更させられます。

本当にあっというまでしたね。

 

学校側も僕の意見よりも親の意見を聞いて。
僕が半郎出来る余地なんてなかったです。

 

最悪でしたね。。

そして、僕は就職の道を選んで高校を卒業していきます。
この選択が僕の心を壊すとも知らないで・・・・

 

 

社会人 ~タイトル回収私の心が壊れるまで~

 

社会人になりました。

 

 

就職難ともいわれていますが、
僕ん学校の成績がそこそこよかったのですんなりと就職することができました。

 

ですけど、僕は1ミリもうれしくありませんでした。

 

あ~あ。大学行きたかったなー。と常に考えていました。

そして、親を恨みましたね。
どうして親の都合で私が振り回されなくちゃいけないの?って。

 

何でお前らのお金を俺が稼がなきゃいけないんだよ。
ふざけんじゃねー。

 

 

ただここで何を考えてもなんの解決にもならい。

とりあえず、この会社で働くことを乗り切ろうとがんばり始めます。

 

そして初の仕事。
仕事をしていて思ったことは

なんじゃこりゃ。

これが仕事?

 

こんなクソみたいなこと毎日やってるの?
という疑問でした。

いっちゃあ悪いですけど、
アホなんじゃないのこいつらと思いましたね。

単純作業をモクモクとやるだけ。

それが毎日8時間。(実際はそれ以上)

 

こんなことして人生を費やすなんてあほだろ

 

こんなことを後40年もやり続けないといけないの?
と絶望しましたね。

 

良くみんなこんなゴミみたいな作業の続けられるなと感心しましたね。

この時初めて社会人ってスゲーってなりましたねw

 

それに働いている人の顔をよく見てみると、

なんだか生気が感じられなかったんですよね。
常にムッとしているような人たちばかりでした。
空気がめちゃめちゃ悪かった。

怖そうな人たちというのが初めの印象でした。

 

そして、仕事のやり方を教わりながら、実際に仕事をします。

ですけど忘れてはいけない僕はポンコツ人間。

勉強がちょっとできるようになったというだけで。
基本はダメ人間のまんま。

不器用なままなんですよね。

 

当然。仕事がうまくいくはずもありません。

何度も同じようなミスを繰り返しますし。
1回の説明だけでは理解することができず、何度も同じ質問してしまったりしていました。

 

そうやってミスをしていると向こうもイライラしてくるんでしょうね。

「なんでそんなにできないの?」と毎回聞いてくるんですよね。。
「いや、知らねーよ!テメーの教え方が下手なんじゃねーの?」と言いたいんですけど。

相手は目上の先輩そんなことを言えるはずもなく。

「すみません・・・」と謝ることしかできませんでした。

ミスをするたびに「なんでできないの?」といわれ、
最終的には「っち」と舌打ちされて終わるなんてこともしょっちゅうありました。

 

毎日毎日怒られる日々。

 

始めのうちは「テメーの教えが下手なんだよバーカ!」といきがっていましたが、

1か月、2か月と怒られ続けているとですね。

 

心が弱っていくんですよね。

 

どうしてできないんだろう。
あのときからまったく変わってない。

 

ほんと私はダメ人間だな。

と超マイナス思考になっていました。

 

性格がまるで変わってお前だれやねん状態でした。

 

・学生から社会人になったという環境の変化。

・初めての仕事。

・ミスを連発する自分への苛立ち。。

・怒られることの恐怖

・先輩の恐怖。

・未来への不安。

・自分の存在価値の消失。

・自分の希望とは違った進路にされた戸惑い。

・いろんな不安が一気に僕に襲い掛かりました。

 

僕はこれれらのストレスで夜眠れなくなるんですよね。

 

会社行きたくない。。。

寝て起きたら会社に行かないといけない。

また怒られる。

 

朝にならないでくれ。

 

寝るのが怖かったんですよ。

 

 

1日2日くらいならまだ寝なくても何とかなりました。

 

しかし、3日4日となると体が当然持ちません。

どんどん疲れもたまってきますし、頭もボーっとしていきます。

 

疲れた・・・寝たい・・・

だけど、寝たら朝になる。。。嫌だよう・・・

 

そんな毎日を繰り返していた僕は恐怖で1睡もすることができない体になっていました。

 

 

実家暮らしということもあって、
親が僕の身体の異変に気が付いてくれたんですよ。

 

あの親が。

 

中学のときろくに助けてくれなかった親が私の心配をしてくれたんです。

何とも複雑な気持ちなりましたね。

 

それだけ当時の僕はひどかったんでしょう・・・

中学の時にいじめられても助けてくれなかった親が助けに入るくらいですから。

 

僕は、1人で眠ることが怖くて1人で眠れられなくなっていました。
両親と同じ部屋で眠るということでようやく眠ることができたんです。

もうすぐ20の大人が親と一緒じゃないと寝れない。

明らかに精神がイっちゃっています。

 

さすがお両親もやばいと思ったんでしょう。

僕の身体を心配した母が精神病院を勧めてきました。

 

嫌でしたねー。。

精神科なんて、頭のおかしいやつが行くところという偏見がありましたから。

だから、行きたくなかったのですが
と思ったんですが、

 

「今のアンタは明らかにおかしい。」

 

という、母の一言で

「俺そんなおかしいの?」となったんですよ。

 

この時は自分がおかしいとは、微塵も思っていませんでした。

あの母がそこまでいうのか。

 

僕がいじめられても何もしてくれなかった母がここまで言うのは相当ヤバいなと改めて自分のヤバさに気が付いたんですよ。

半ば強引に精神病院に連行されました。

 

結果はうつ病でした。

 

まさか、僕が・・・まだ19だよ。嘘だろ・・・

ショックと同時に恥ずかしさがありました。

 

みんな普通に働けているのに僕だけ精神的に参ってしまって。
情けなく思ってしまったんですよ。

周りができることが僕にはできない。
惨めで仕方がなかったです。

 

スゴイ落ち込んでいる僕を見て先生が心配してくれて、

「うつ病には年は関係ない。。ただ、30代、40代が多いというだけで誰にでもなる。私はキミみたいに若い子で鬱になった人を何人も見てきた。君だけじゃないよ。」

 

と慰めてくれました。

 

うつ病と診断が出て、

 

即、会社に連絡をしました。

「うつ病だから休ませていただきますって」

 

ただ会社に連絡するときはめちゃめちゃ緊張しましたね。

怒られるんじゃないか。無能とバカにされるんじゃないか。
怖かったですね。

 

ですけど、
連絡しないと先に進めないので電話で連絡するんですよ。

だけど、緊張しすぎて、手が震えるは、汗ヤベーはで、何度も会社の番号にかける番号を押し間違えてましたな。

それに、番号を押せても心の準備が。っていって、切るんですよねw

で、また始めっから入力し直す。

 

心の準備ができていざ電話となったときも緊張しすぎて内容がハチャメチャ。

声は裏返って。

 

自分でも何がおきているのか分からなかったです。

 

ただ、電話越しでも僕がおかしい状態になっているということを理解してくれたみたいで案外すんなり「休職」することが認められました。

 

電話した人があたりで良かったと一安心しましたねw

 

そして休職することになりました。。

 

ヤッタ―!会社行かなくていいんだーヾ(≧▽≦)ノ
となるわけでもなく。

 

ぼーっとしているだけでしたね。

ただ、ぼ-っとして

私はダメだな。

親に迷惑をかけてしまっているな

みんな頑張っているのに僕だけこんなところで潰れて。

この先どうしよう。

俺の人生終ったな。

っていう感じでめっちゃ自己否定していたんですよ。

自己否定しまくって。自分はダメ人間なんだ。
こんな人間が幸せになってはいけない。

 

そんなふうに物事を考えるようになります。

 

そしてある日から、すべてのものがつまらなく感じ出します。

何をしても面白いと感じられなくなります。

 

バラエティー番組を見ても何が分からなかったりしていました。
「ガキ使の笑ってはいけない○○」があるともうのですが、あれを見ても全く笑えなかったんですね。

めちゃめちゃ面白いんですけど、

当時の僕はそれが何で面白いのかがわからなかったんですよね。

 

当時それくらいやばかったんです。

 

当然、夜も眠れません。

自己否定しまくっているから、
常に落ち込んだ状態なんですよ。

 

自分はいらない存在なんじゃないか。
去ったとこんな自分は消えたい。いなくなりたい。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。

いろんな不安が押し寄せてきてわくて一人では眠れなかったんですよ。

だから、親と一緒に寝るなんてこともしていました。

1人でいるのがめちゃめちゃ怖かったんですよね。

親と一緒でも眠れない。という日もありました。

 

そんな日は精神科でもらった睡眠薬を飲んで無理矢理眠るようにしていました。

しかし、何日たっても僕の心が晴れることもなく。

「僕はダメ人間なんだ・・・いらない人間なんだ・・・」
と自己否定しまくっていました。

 

しかし、うつ病の恐怖はここからでした。

常に「死」を考えるようになります。

 

「私はダメ人間なんだ・・・(死にたい・・・)
いらない人間なんだ・・・{死にたい・・・}」

というようになってきます。

死ぬことが頭の片隅に存在し続けるんですよ。

 

そして次第にインターネットを使って「死に方」「自殺」とか何回も調べてるようになります。

 

なんだか死について考えると安心するんですね。

心がスっと軽くなるような感じがするんです。
おかしいですよね。

ですけど、当時の僕はそんなことを微塵にも思っていませんでした。

 

死のことが救いなんだ。死ねばすべてが解決する。

と思うようになります。

異常ですよね。

ですが当時はこれが僕にとっての普通だったんですよ。

 

この時の僕はの心は壊れていたんです。

 

人間にとって死は恐れるものなんですけど、
僕は

死こそが希望なんだと訳の分からないことを思っていたんですよね。

死ぬことこそが正義。
死ねば苦しみから解放される。。

 

そう思っていたんですね。

そうやって、自殺のことばかり考えていると、
実際にやってみようとするんですよ。

 

僕の場合は、

自殺するっていっても苦しいのは嫌だな。
簡単なのが良いな。

 

まだ、多少の心が生きていたみたいで、
速攻死ねる方法を試そうとは思っていなかったですね。

 

何パーセントか生き残る可能性のある自殺ばかり考えていたように思います。

 

途中から考えるのが嫌になって、ベルトで首を絞めて死のう。

ってことになります。

 

手っ取り早く、簡単に死ねる。
僕にとっての理想は首吊りでした。

 

 

そして、いつ死ぬか。
案外余裕があるもので、死ぬ日なんかも僕は考えていました。

僕にとって死は神聖な物だったのでなんか特別な日にしないな~。
って思ったんです。

 

で、もうすぐ僕の誕生日が来るな。ってことで
誕生日に死ぬことを選びます。

 

僕が生まれた日に死ぬ。
完璧だな。

そんな風に思っていましたね。

 

そして誕生日。

近くにあったメモ帳に「先立つ不孝をお許しください」とだけメモに書いて、

いざ死のうと決めて首にベルトを巻いていきます。

「よし・・・いくぞ!!」

とベルトを締めていきます。

徐々に首を絞めていって、苦しくなっていくとですね。

走馬燈みたいなものが流れてくるんですよね。

 

そしたら自然に涙が出てくるんですよ。

「あれ・・・・なんで・・・(´;ω;`)」

 

このとき自分が泣いていることにまったく気づいていなかったですよ。

ただこれ以上ベルトを締めることができなかった。

 

死ぬのが怖い!

 

あれだけ、死のう死のうとしていたのですが、

いざ、死をまじかにしたら怖くなったんですよ。

 

そこから一気に冷戦になって、絞めていたベルトを緩めて

 

「そうか、死にたくないのか・・・」

と涙で顔を濡らしながら思ったんですね。

 

そしたら、
いろんな悩みとか不安が自然と軽くなったんですね。

 

ようやく自分と向き合えたような感覚がしたんです。

 

それ以降私は自殺を計画することをしなくなります。
この体が生きたいというのであれば生きてみよう。

そう思えたんです。

 

この自殺未遂でいろんなことがどうでも良くなったていうのもありますね。

 

いつでも俺は死ぬことはできる。
どれだけつらい目にあっても

最悪死ねばいいや。みたいに思うんですよね。

 

 

なんというかいろいろ吹っ切れたんですよ。

 

自分は自分ただそれだけ。
周りなんかと比べなくていい。

例え比べて劣っていたとしても、

 

テメーらは、死ぬほど悩んだことがないバカ人間。
辛いことがあってもすぐ忘れる脳みそスカスカ人間なんだ。

 

みたいになんというか訳の分からない優越感に浸れるようになったんですよw

そもそも僕とは土俵が違うんだから比べる意味がないってことに気が付いたんです。

 

 

いろいろと吹っ切れたおかげで、
少しづずつうつ病と睡眠障害は回復していきます。

今では1人でも寝られるようになりましたし。

それでも直すのに10年という長い年月はかかってしまいましたが、
それでも回復することができました。

 

10年という長い期間うつや睡眠障害で苦しんだ僕に何かできることが無いかな?と考えて、

 

僕と同じようにうつや睡眠障害で苦しんでいる人の助けになれたらなという思いでこのブログを立ち上げました。

 

10年という長い闘病生活で培った知識や、うつ、睡眠障害の時に試した数々のことを発信して、

僕みたいにうつや、寝れないということで苦しんでいる人を救えたらなという思いでブログを立ち上げました。

ーーーーーーーーーー暗闇物語ーーーーーーーーーーー

どうでしたか?

なんやかんや僕はしぶとく生きています。

僕はどうも環境の変化や、メンタルが人よりも弱くストレスを人1倍感じやすいみたいです。

そのせいでよく「甘えているだけ」と言われます。

始めはムカついていましたが。

今では、
あまりに同じことを言う人が多すぎて

「こいつもか・・・」
とあきれるばかりです。

 

こういう身もふたもないことを言う人が自殺者を量産するんだなー
と思いつつ無視するようにしています。

 

だってそもそも「お前だれ?」って感じですしw

お前は俺の何を知っているんだw

 

周りの意見とかマジでクソとしか思えなくなってしまいましたねw

そういった強いメンタルの作り方なんかも今後発信していこうかなと思っています。

 

僕の自己紹介を終えたいと思います。
この先の10年間の闘病生活での出来事を今後の記事にもちょくちょく発信していこうと思います。

それでは。

ここまで読んでいただきありがとございました。

 

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